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ある本に、マズローの欲求5段階説のことが書いてありました。この説は、人間の欲求には5段階あり、①生理的欲求②安全の欲求③帰属と愛の欲求④承認の欲求、の欠乏欲求と、⑤自己実現の欲求、の成長欲求の5つの段階がある、ということです。
この考え方は、たいへん多くの影響を与えた素晴らしいものなのですが、この本には、今の時代は、この考え方が通用しなくなったと書かれていました。今の時代は、生理的欲求や安全の欲求、もしかすると帰属と愛の欲求までが当たり前になってきていると・・・。
確かに美味しいものを食べたいと思っても、ご飯が食べたいという欲求はもうないような気がします。こういうことから考えても、今の時代を強く生きるためには、過去のいいものを引き継ぎ、必要ないものは捨てる、潔さが必要な時代といえるのかもしれないですね。



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今年百三歳になる私を、一人の歯科医が訪ねてきた。
娘が今度、歯医者になりましたと言う。

私はそれはめでたいと言いながら、こんなことを述べた。

『お嬢さんをあなたより一段高いレベルの歯科に勤めさせ、
親のことを批判しつつ彼女が正しい道を歩めるよう、
そして本人には悟られぬよう、
遠くからそっと見守ってあげてください。

すると後日、そのお嬢さんが挨拶に見えた。私は

『あなたはよい職業を選ばれた。
職場に入ったなら、自分の師と仰ぐ先生の
生活態度を問うのではなく、仕事に臨まれる姿勢、
それを精一杯学んで下さい。』

といい、餞の言葉とした。


九十六まで現役を続けられた、ある元歯科医の方の言葉です。新入社員が入るこの時期、育てるもの、そして学ぶものそれぞれの大切な心構えだなあと思いました。




先日の娘の卒業式で、校長先生が棋士羽生善治氏のことを語られていたが、たまたまその羽生さんの記事が載っていた。

『一回一回の対局は、未知の旅に出る、知らない何かを探しに出発する――私はそんなイメージを抱いて指している』『将棋は二人で指すものなので、相手との駆け引きの中で自分を表現していく。その意味では、相手は敵であると同時に作品の共同制作者であり、自分の個性を引き出してくれる人ともいえる』

『決断力』 角川書店より

おそらく羽生が長期にわたってトップに君臨してこられたのは、『斬るか斬られるか』という修羅場さえも、そうした『楽しい過程』へと変換できてしまう、知識人としての資質の高さゆえではないかと思う。

プレジデント誌より

そうした勝負より自己の知見を財産として蓄積することを楽しむ、主体的な思考の反面、こうも書かれていた。

タイトル戦などの大きな対局の終盤、ミスが許されない一手を指すときに、羽生は右手が震えるという話はつとに有名である。7冠を手に入れ、タイトル獲得が70期を超える彼にして手が震えるという、その世界の苛烈さ。しかし、その苛烈さこそ、彼の知的好奇心を刺激し続けているものでもあることもまた確かなのだ。

プレジデント誌より

弱い自分の自覚、そして、それを自覚しながらも『結果(勝負)<過程』の自己徹底。

自己を受け入れ、そしてそれを超えた、自分との戦いを楽しむ姿を学ばなければならないと思った。






プレジデントに、貴乃花のことが載っていた。先日の理事当選は、神がかり的なことであるらしい。理事選挙というのは、利害関係が強く反映される選挙で、本来浮遊票が生まれる余地はないそうだ。一門を裏切り、貴乃花親方に投票した人物は、即刻廃業を意味することで、その可能性はまだ十分にあるらしい。何が彼らに、自分の一生を台無しにする投票行動をさせたのかと書かれていた。

筆者の飯島勲は、貴乃花の強い信念と奥様の内助の功にあると書いてあった。

恵まれた環境に育った貴乃花、周囲にチヤホヤされ、御曹司のドラ息子になった例は政界を問わず嫌というほど見てきたが、彼は違った。
日本人の新弟子しかとらない。相撲協会からの養育費は新弟子の数で決まるので、モンゴルや国外に目を向ければいくらでも新弟子が取れ、部屋は財政的に助かるが、身を削りながら自分の信念を貫いている。
さらに、一般客が良席をとることを不可能にしているお茶屋制度という制度、空席があってもなくても一定のお金を相撲協会に支払われるため、既得権益化する中、相撲ファンであれば誰もが嘆いていることを愚直に解決に向けて実行している。
貴乃花の相撲界の浄化し、若い青年をリードしていきたいという情熱、本当に心が熱くなりました。




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