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雑誌『GINGER』にコラムを掲載中の山田詠美さん。

今月号には、こんなことが書かれていた。



先月号を開いたら、山田優さんの連載対談のゲストが漫画家の一条ゆかりさんだった。私の子供のころから第一線で活躍を続ける漫画界の偉人である。その一条先生が、こうおっしゃっていた。

『とにかく、20代のうちは痛い思いをたくさんしたほうがいい。“いい思い”をしても、それって楽しいだけで、“いい経験”にはならないの』

さすが良いことを言うなあ。“いい思い”と“いい経験”では、あとの自分の人生への貢献度が、まるで違う。

“いい思い”は一過性。

残ったのは、あのころ“いい思い”をした、というかすかな記憶と、それを知らない若い世代への自慢話だけ、という訳だ。
 




『おいしい』

食べ物を形容するのではない。いい目にあって得をするときに使う言葉。

最初、糸井重里さんの名コピー『おいしい生活』が表れたときは、なんて斬新なのだろうと感心したそう。

癇に障り始めたのは、その言葉がひとり歩きし始め、みなが使い始めたころ。

それっておいしいよね、としたり顔で頷く人の顔が、どれほど下卑てみえたことか。

“いい思い”に罪はない。棚からぼた餅、みたいなもんだもの。

でも、“おいしい思い”をしたい意欲には、いちじるしく品をそこなう危険がともなう。

料理と男だけで十分ではありませんか。そこにはどちらにも火傷という痛い思いがつきまとう。

“いい経験”につながりますよね?一条先生。





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